「怪我の功名」とはよく言ったもので、意図せず生まれたものが、意外な形で役立つことがあります。現代の生活に欠かせないアイロンも、実は古代中国の悪女、蘇妲己が考案した残酷な刑罰からヒントを得て生まれたものだという説があるんです。
中国五千年の歴史には、勇敢で人々から称賛される皇帝もいれば、名前を聞いただけで人々が歯ぎしりするような暗君も存在します。殷の時代の蘇妲己と紂王の夫婦は、まさにその代表格。人々には、暗愚、淫乱、そして残忍といった負のイメージを強く残しました。
毎日酒に溺れ、政治を顧みず、朝廷を混乱させる紂王。大臣たちは怒りを覚えながらも、それを口に出すことはできませんでした。そんな状況をいいことに、蘇妲己は極めて残忍な「炮烙（ほうらく）の刑」を発明し、多くの文武大臣を火の中に突き落としたのです。
しかし、多くの学者は、紂王が最初から暗君だったわけではないと考えています。即位当初は、勇敢で戦を好み、有能な人材を登用し、中華民族の版図拡大に大きく貢献したと言われています。
しかし、その熱意は長くは続かず、様々な要因が重なり、志半ばで挫折。民を愛する立派な皇帝から、重税を課し、人々を苦しめる悪名高き暴君へと変貌してしまったのです。
ドラマ『封神演義』では、蘇妲己は女媧娘々の命を受け、紂王を惑わし、殷王朝を滅ぼすために送り込まれた存在として描かれています。寿仙宮では歌や踊りが繰り広げられ、紂王は蘇妲己の細い腰を抱き、美女と美酒に酔いしれていました。
蘇妲己の魅力に心を奪われた紂王は、彼女の言うことを何でも聞き入れ、朝廷を混乱させ、多くの忠臣や志士を残酷な刑罰によって死に追いやったのです。
ある晴れた日、紂王は愛する妃、蘇妲己を連れて郊外へ遊びに出かけました。緑豊かな森の中を散歩していると、突然雷が落ち、近くの大木を真っ二つにしました。
木はたちまち炎に包まれ、幹の中にいたアリたちは、熱さに耐えかねて次々と逃げ出しました。必死に逃げ惑うアリの中には、火傷を負い、燃え盛る炎の中に落ちていくものもいました。
その惨状を見て、蘇妲己は大いに喜び、手を叩いて喜んだと言います。紂王の寵愛を笠に着て、宮中で傍若無人に振る舞い、できないことはないと言わんばかりでした。もし、侍女の働きが悪ければ、残酷にも心臓をえぐり出し、骨を砕いたそうです。
殷の時代に梅伯という忠臣がいました。ある日、梅伯は朝廷で公然と紂王を諫め、美色に溺れず、政治を顧みるように訴えました。しかし、蘇妲己に心を乱されていた紂王は、彼の言葉に耳を傾けるどころか、罪を宣告しました。
それを知った蘇妲己は、またもや悪知恵を働かせました。「大王様、梅伯を罰する良い考えがございます」と媚びへつらい、紂王に言いました。「以前、郊外で燃え盛るアリを見た時のことを覚えていらっしゃいますか？あれをヒントに、新しい刑罰を考えたのです。」
銅製の高さ二丈、幅八尺の円柱を作り、その中で火を燃やし、罪人をその上に立たせるのです。すると、皮膚は焼け爛れ、火傷を負い、やがて火の中に落ちていくでしょう。」紂王はそれを聞いて大いに喜び、職人に命じて蘇妲己の指示通りに刑具を作らせました。それが「炮烙の刑」と呼ばれるようになったのです。
数日間の牢獄生活でやつれていた梅伯は、よろめきながら朝廷に連れてこられました。彼は全身の力を振り絞って紂王にひれ伏しました。紂王は梅伯を指さして言いました。「梅伯、お前はなんと大胆なことを。公の場で朕に逆らうとは。今日はお前に炮烙の刑の苦しみを味あわせてやる。そうすれば、二度と朝廷で無礼を働く者はいなくなるだろう。」
痩せこけた梅伯は、燃え盛る炎の銅柱に縛り付けられ、皮膚は焼け焦げ、悲鳴が朝廷に響き渡り、やがて骨が灰になるまで焼かれました。それを見た大臣たちは、冷や汗をかき、震え上がり、目を背けました。
世の中の事象は、極まれば反転するものです。紂王と蘇妲己の横暴は人々の怒りを買い、ついに滅亡の時を迎えることになります。周の武王は人々の心を掴み、父の助けを得て紂王を討ちました。
しかし、皮肉なことに、紂王はその深刻さに気づかず、蘇妲己と酒を酌み交わしていました。記録によると、牧野の戦いで追い詰められた紂王は、鹿台に登り、火を放って自害したと言われています。
殷王朝の滅亡と紂王の死とともに、多くの残酷な刑罰は歴史の闇に葬られました。しかし、炮烙の刑は人々に強い印象を与え、その原理を応用して、烙刑が発明されました。現代では、抗日ドラマや解放前の戦争の映像で、その姿を見ることができます。
烙刑とは、直径10センチほどの鉄板を火炉で赤くなるまで熱し、それを人の皮膚に押し当てる刑罰です。焼かれた人はひどい火傷を負い、耐え難い苦痛を味わいますが、命を奪われることはありません。しかし、その痛みは人を精神的に追い詰め、崩壊させるほどです。刑罰の原理から見ると、烙刑は炮烙の刑を継承したものと言えるでしょう。
社会の発展と科学の進歩とともに、人々は偶然にも、熱した鉄板が綿布をより平らにし、シワをなくす効果があることを発見しました。しかし、熱した鉄板は、使い方を間違えると衣類に不可逆的な損傷を与えてしまいます。試行錯誤を重ねた結果、人々に愛されるアイロンが誕生したのです。
現在、アイロンは家庭に欠かせないアイテムとなり、衣服にシワができたときに、アイロンをかけるだけで、新品のように綺麗になります。蘇妲己は、自分が考案した残酷な刑罰が、数千年後に人類に恩恵をもたらす家庭用品になるとは、夢にも思わなかったでしょう。
一国の帝王が歴史に名を残そうとするならば、毎日己を省み、偉大な功績を上げ、民の心をつかみ、称賛されなければなりません。すべてのことには原因と結果があります。紂王のように、毎日酒色に溺れ、政治を顧みなければ、自らの手で王朝を滅ぼすことになるのです。
殷王朝の滅亡は、蘇妲己の魅力によるものだという説がありますが、これは歴史的唯物論に反するものです。事は人によってなされるものであり、もし紂王が強靭な精神力を持っていれば、蘇妲己がいなくても、他のものに誘惑されたことでしょう。
中華文化は奥深く、私たちが普段使っているものには、それぞれ独自の歴史物語と歴史的起源があります。アイロンは現代人に多大な利便性をもたらしていますが、その裏には目を背けたくなるような残酷な歴史があるのです。
炮烙の刑から烙刑、そしてアイロンの発明まで、すべてのものがこのような悲痛な歴史を持っているわけではありませんが、私たちが平和で偉大な時代に生きていることを感謝すべきでしょう。
どの時代においても、生活は決して楽ではありませんが、私たちは治安が良く、安心して暮らせる社会に生きています。今を大切にし、素晴らしい人生を歩んでいくことこそ、私たちがすべきことなのです。
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